2011-04

ロボット/未来

 ロボットが福島原発の事故で活躍しています。

例えば、アイロボット社製遠隔操作ロボット「パックボット」、これから投入される予定の日本製緊急災害対応ロボット「Quince(クインス)」は瓦礫のある通路や階段を上って放射線量を測ったり、映像を撮影したりすることができるそうです。また、ハネウェル社製遠隔操作ヘリコプター「Tホーク」は原発の上空からの撮影で一躍有名になりました。
t-hawk
T-Hawk

放射線が強い場所での瓦礫の撤去作業では無人のクレーン車も登場し、ついに私たちは映画ターミネーターのような世界、決して目指すべきではない世界に向かってしまっているのではないかと危惧してしまいます。

映画で見る「未来」の多くは「こうなっちゃいけない未来」です。

そして、大抵映画のラストではそうした「望まれざる未来」から脱却する兆しが見えたところでエンディングとなります。

「ターミネーター」、「アバター」、そしてアニメ「風の谷のナウシカ」もそうでした。

私たちは「こうなっちゃいけない未来」を想像するのが得意です。映画の中に現れる未来にはほとんど必ずダークな部分を内在しており、それが現代のリアルな世界の批評性、未来への警鐘として表現されます。

一方、私たちは「こうなりたい未来」のトータルな姿を想像するのが苦手です。
それとも、本当は得意なのにそんな未来はつまらないと思い想像しないだけなのでしょうか?

結局、私たちは今日も「こうなりたい未来」の断片をパッチワークのように想像し、繋ぎ合わせてなんとか世界を構築していくことしかできません。

ロボットの話に戻しますと、ロボットの中には有用ではないけれども、「こうなりたい未来」の断片を想像させてくれるものもあります。

例えばFest社のSmart Birdです。
スマートバード

如何でしょうか?

sakano flathouse

カテゴリー: 日記 | 投稿日:2011年4月25日 | 投稿者:isakano

カフェ@野川公園

今日は三鷹市の野川公園に遊びに行きました。

1年半ぐらい前に、公園の真ん前という素晴らしいロケーションで設計をさせていただいた住宅があります。

ここはただの住宅ではなく、1階はカフェ+ギャラリー+アトリエとして計画をしていました。

そして本日、いよいよカフェがオープンすると聞き、遊びにいきました。

来てびっくり・・・。

あまりに完成度の高いインテリア+家具+食器+メニュー・・・。

桜の風味のする紅茶+絶品のスコーン・・・。

カフェの名前は「うふ」です。(フランス語でたまごです)

外形はキューブ型ですが、内部にたまご型(自由曲線)のカーブをした壁が特徴です。

その壁を工事中に大工さんが「たまご」と呼んでいたことからこの名前にしたそうです。

以下がカフェの情報です。
(ホームページはまだないのかな?)

住所:東京都三鷹市大沢6-3-54
(野川公園の駐車場から自由広場というエリアに5分ぐらい歩いていき、道路沿いに白いキューブの建物が目印です)
オープン:日曜の11:00~17:00のみです。

ギャラリーも今後オープン予定だそうです。

これからの季節、機会があればぜひ広くて気持ちの良い野川公園と一緒に訪れてはみませんか?

癒されますよ~。

うふカフェ2
うふカフェ3

可愛い子供用スリッパたち
うふカフェスリッパ1
うふカフェスリッパ3

sakano flathouse

カテゴリー: 日記 | 投稿日:2011年4月17日 | 投稿者:isakano

TSUNAMI

 しばらくブログを書かないでいたら、地震が起こりました。
被災された方々、特に子供たちのことを考えると胸が痛みます。
私は日本が果たしてこれからどうなっていくのか、イメージできません。
ただ、もしかしたらこのことが日本の方向転換の始まりになるかもしれないという希望も少しはあります。
それは「発展型の社会モデルからの脱却」という希望です。
そのことはまたの機会に書きたいと思います。

今回は国際語になっている「津波」(TSUNAMI)について書きます。
なぜこの言葉が国際語になっているのかが前から気になっていたのですが、先日そのことを知る機会を得ました。

1854年の安政南海地震で起きた実話をもとに小泉八雲が英語で書いた物語”A Living God“(日本語題名:稲村の火)の中で”Tsunami”と初めて紹介され、それが後に世界中に広がりました。
この物語はアメリカコロラド州の小学校の教科書にも載っていたことがあるほど海外では有名なのにも関わらず、日本ではあまり知られていません。(日本でも中井常蔵が翻訳・再話し教科書に掲載されていたこともあるのですが)

物語のあらすじはこんな感じです。

村の高台に住んでいた庄屋の儀兵衛は地震のあと海の異変に気づき、津波がくるのではないかと思い、なんとか下にいる村人にそれを知らせることはできないかと考えた。そこで、刈り取ったばかりの稲村すべてに火をつけのろしをあげた。村人は儀兵衛の家が火事だと思い、みんなで高台に集まって来たそのとき、大きな津波が村を飲み込んでいった。村人たちは儀兵衛が村人たちを助けるために大事な稲村に火をつけたことを知り涙を流して感謝したのであった。

物語の主人公、儀兵衛はのちに郵政大臣となり辣腕を振るったそうです。

そしてなんと、この物語は2011年度より再び日本の小学校5年生の教科書に掲載されています。

このことを知ったとき、背筋が寒くなりました。

儀兵衛さんが現代の日本人に天国から警告していてくれたのかもしれません。

sakano flathouse

カテゴリー: 日記 | 投稿日:2011年4月14日 | 投稿者:isakano