2011-05

明るさ再考

 計画停電以降、東京の駅は暗くなりました。

西日本からの出張の帰り、東京駅の中に入ると一瞬工事中かな?と勘違いしてしまうくらいです。しかしながら、今まで暗くなった駅を悪く言う人にあったことがありません。
「ヨーロッパの駅みたいで悪くない」とか「落ち着く」など、暗い駅に対して肯定的な意見がほとんどです。そうなると、逆に今までの駅の照度は本当に適切だったのか、という疑問が生まれます。今ではもう慣れてきましたが、私自身、駅が暗くなった当初はいい意味でインスタレーションアートのように感じました。20世紀以降のアートは当たり前だと思っていることに対して疑い批評することが目的です。そういう意味でも、暗くなった駅は十分のアートとしての資格があります。私たちは今回の暗い駅という貴重な体験をきっかけにして、駅をはじめ、他の様々な施設、さらには街全体の照明のあり方を再考する必要があるように思います。それは単なる節電という目的だけではなく、照度や照明の色を人のメンタルな部分まで考慮した照明計画のことです。(当然、安全性の考慮も忘れてはならないのですが)そうした考えをもとに各施設の照明計画を進めていけば、日本の都市はもっと素敵になっていくような気がしました。
今回の節電はそんなことを気づかせてくれたことにも大きな意味があります。
現在、駅は点灯している昼白色の蛍光灯の数が減っているだけなので、もちろん、ただ暗いだけなのですが、それだけでも「落ち着く」効果がすでにある訳ですね。考えてみると、ヨーロッパの都市だけでなく日本の古い建築や街の照明も十分暗く雰囲気があります。谷崎潤一郎の陰翳礼讃はもともと西洋批判のはずですが、いつ逆転したのでしょうか。
ともかく、今、日本人は疲れています。例えば、暗いことを売りにした「癒しコンビニ」なんてできると流行るかもしれません。

sakano flathouse

カテゴリー: 日記 | 投稿日:2011年5月8日 | 投稿者:isakano